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続!愛をください!

メンヘラのメンヘラによる大衆のためのメディアコンテンツ

宗教は救いにならない 自殺も救いにならない 愛だって救いにはならない 人を救えるのは常に人だ

このブログのサブタイトルを読み上げてみよう。

 

『メンヘラのメンヘラによる大衆のためのメディアコンテンツ』と、こうある。

 

これは、メンヘラ神である私が、メンヘラではない皆さんに向かって、メンヘラ的思考や行動を掲げ、メンヘラをもっと身近に感じてもらおうとする、いわばメンヘラふれあい広場的なことをコンセプトにして作ったブログだ。

 

だがしかしだ、振り返ってみよう。

私がこれまでにした話は「オナニーが気持ちいい話」と「毛髪が死んだ話」、そして「Twitterが楽しかった話」以上の3つである。

 

 

 

メンヘラの話をしろよ!!!

 

いつまでどうでもいい話してるんだよ!!

あのでかでかと掲げたコンセプトは何だったんだよ!!頑張れよ私!!!

 

というわけで今回は、皆さんお待ちかねのビバ!メンヘラ回です。待たせたね皆!

 

 

死ぬことはとても難しい。

毎日毎日Twitterを見ていて思うのは、これだけの人が「つらい」「死にたい」と言っていながらも毎日を惰性でなんとなく生きているのは、心から死ぬ気がないからではなく、死ぬことがとても難しいからだ。今、これを読んでる皆さんに「楽に死ねるボタン」をお配りしたら、きっと73%はためらわずに押してしまうだろう。なぜそんな具体的な数値が叩きだせたかというと、このブログを読んでる人にろくな人はいないだろうからです。急に読者をdisる。これもまたメンヘラならではですね!ビバ!メンヘラ回!!

話が逸れました。先に進みましょう。

 

 

死ぬことはとても怖い。しかも痛い。

それを進んでやろうとする人は、まず常軌を逸しなければならない。

 

メンヘラの割に怖いのも痛いのも苦手だった私は、まず恐怖心を消すためにジンを一瓶、一気飲みしていた。

ジンのアルコール度数は40度。それを割らずに飲むのはかなり至難の業であり、飲むたびに胃は嫌がり喉は焼けただれていく。その感触を確かめながら私はひとりふらふらになるまで飲んだ。

それから、バスタブにお湯をはり、そこに手首を浸ける。テレビドラマでよく観る「お風呂で手首を切って自殺」というアレだ。高いところから飛び降りるのも、電車に飛び込むのも恐かった私にとっては一番恐くない方法だったのだ。そして、ヘッドホンでサカナクションの「モノクロトーキョー」という曲を流して、サビに入る前に「あーーーーーー!!!!」とボーカルがシャウトするところで一緒に「あーーーーーーーー!!!!!!!」とシャウトしながら剃刀を振り下ろしていた。

 

 

書いてて分かった。

このときの私は、完全に常軌を逸していた。

 

 

 

モノクロトーキョーを20回はリピート再生しバスタブのお湯全体を真っ赤に染め上げた私は、心配になって様子を見に来た友人に救助された。

腕の応急処置を施し、「あれだけの血を流したんだから今日はベッドから動かずに休みなね」と助言して帰っていった友人を目で見送りながら私はおとなしくベッドに転がっていた。

左腕の傷がひりひりと痛かった。酔いが覚めると何故あれだけ死にたがったのかわからなくなるのが私の性質の悪いところだ。私はベッドの中で痛みと共に激しく後悔した。痛い。何でこんなことしたんだろう。生きていればいつかは「生きててよかった」って思える夜がくる、ってアル中でうつ病中島らもは私たち死にたい組を励ましてくれていたのに、私はらもさんの言葉すら信仰できなかったのか。意識が朦朧とする。ベッドに横たわってから数時間、体の震えが止まらない。頭痛と目眩も酷かった。ベッドわきの床に何度も何度も吐いた。その吐しゃ物の中には、血も混じっている………

 

 

 

 

 

 

 

……ん?これあたし死ぬんじゃない??

 

 

 

 

 

自分を傷つけたことと、人に迷惑をかけたことを心から後悔し、明日からは悔い改めて前向きに生きようと決心したまさにその瞬間のヒラメキだった。

 

そういえばバスタブ一杯分ぐらいの血はなくなってるわけだし、止血してもらったからとてその失った血は戻らないわけで……

 

 

 

 

やばい。これ、あたし、死ぬ!

 

 

 

 

そこから先はあれよあれよという大パニックである。色んな人に「血が足りない!!」という献血カーのような電話をかけ、冷蔵庫にあったホウレンソウを生でかじり、ユンケルというユンケルを飲みまくった。今思えば早く救急車を呼べと言う話である。でもそのときはそんなこと思いもつかず、友人に頼んで近所のスーパーからレバにらを買ってきてもらったりしていた。なぜ血液の成分から作ろうとしているのか。そしてなぜそれを友人は何の疑問も持たずに買ってきたのか。全てはパニックの所為であった。

 

それでも止まない体の震え。悪寒。嘔吐。意識の遠のき。死が確実に近づいてきている。

 

私は最後の砦に頼ることにした。

 

 

Googleで検索しよう!!」

 

 

このインターネットに侵された脳みそは、死ぬ直前になっても「救急車」という選択肢を叩きだせなかったらしい。ネット世代は今大変な事になっている。レポートをwikipediaからコピペして、人間関係はSNSに依存、そして自らの死すらネットに相談だ。

 

私は小慣れた手つきで症状を検索窓に打ちこんだ。

 

 

 

『頭痛 目眩 吐き気 悪寒 嘔吐 震え 対策』

 

ターンッ!!

 

 

 

すると、Google先生は以下の答えを導き出してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしかして:二日酔い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は床に転がっているジンの空瓶を見つめた。

 

 

 

 

気になるあの娘の頭の中は割とマジで普通

高校時代の話をしようと思う。
私の通っていた高校は沖縄で唯一、途中入学制度のない中高一貫校だった。
つまり、中1の頃に作り上げた人間関係が、スクールカーストが、ほぼ変わることなく高3まで反映してしまうという恐ろしい仕組みを持った学校だったのだ。中高生にとっての学校は自分が生きる世界そのものといっても過言ではない。6年間のクオリティオブライフの為にも、中1での立ち位置は非常に重要なのだ………ということに当時13歳の私は気付くこともなく、沖縄の太陽をさんさん浴び、給食をもりもり食べ、ガジュマルの木にぐんぐん登り、一緒に木に登ってた友達にボーイズラブ漫画を借り、読み、更に読み、ネットをあさり、小説を書き、更にBLへの造詣を深め、いつしか休み時間も外では遊ばなくなった頃、私はしっかりとスクールカーストの最下層に位置していた。

余談だがどこの学校のスクールカーストも大体3つの階層に分かれていて、一番上であるバラモンの地位には大抵体育会系の子たちが君臨している。部活でいうところのバスケ部バレー部野球部テニス部サッカー部などだ。ここで間違えやすいのはこの中に卓球部は入らない。卓球も立派なスポーツであるはずなのに、何故だか大抵どこの学校のにも入ってはいない。だから、中高で権力を有したいと思っている中学1年生は間違っても卓球部には入らないように。そんな支配欲旺盛な13歳がこんな中身のないブログを読んでいるとは思えないが。

そしてそのすぐ下の層には吹奏楽部や生徒会などの明るい文化系が入る。

もう結論を先に書いてしまうと、上位2つの階層と下層との主たる違いは、明るいか暗いかなのだ。スクールカーストとはいっても、学校行事やクラス行事の仕切りを上位カーストの人がやるというだけで、それなら確かに明るい人のほうがリーダーには向いている。しかし学校が全てである中高生にとって、行事を仕切るというのは、まるで一国の政治を任されたことのように重要だった。明るい人たちはそれで芽生えたての幼い支配欲を満たし、それを暗い人たちが斜に構えて見ている。カーストという仰々しい言葉が表しているのは、単なる性格の違いなのだ。明るければスクールバラモン、暗ければスクールシュードラ。これはもうカーストというより気があうかあわないかぐらいのものだ。

その上、本来のカースト制度では同じ階級同士のつながりはとても強いはずだが、スクバラ(※スクールバラモンの略)たちはともかく、スクシュ(※スクールシュードラの略)たちはスクシュ全員と仲がいいわけではなかった。まずスクシュ♂とスクシュ♀で完全に分断、そのあとスクシュ♂は趣味や帰り道の違いでぼんやりとしたまとまりができ、スクシュ♀はそれらに加えて外見レベルや異性との接し方、その他色んな要素が考慮されたしっかりとしたまとまりができて固まった。彼らは全員が斜に構えている為、その斜になる角度が少し違っただけでももう一緒にはいられない。彼らは臆病であった。理解してほしいけど否定されるのはこわい。だからおそるおそる近づいて、少しでも自分が傷つく気配や相手を傷つける恐れを感じたら飛びのいてでも安全を確保した。ただのコミュ障なのにこう書くと小動物か何かに見えてくるでしょう。私の作戦です。

そして、そんなかわいいコミュ障な私が高2になったころ。臆病なスクシュたちにゆるやかな仲間意識を持たせるツールができた。そう、かの有名なSNSTwitterである。この「呟き」を共有するツールは、暇さえあればいつも壁や空中に向かって話しかけていたスクシュたちにとっては非常に画期的な発明で、「もうこれからは変質者扱いされずに済むぞ!」とまたたくまに利用者が増えていった。そして、根底にはあったのであろう「あいつも暗そう」という仲間意識と、フォローフォロワーというゆるい繋がりも手伝ってか、いつしかスクシュたちはお互いがお互いをフォローしあっている相互フォローの関係となっていた。ちなみにこの時点で、少なくとも私は他のスクシュと対面で会話したことはほぼ皆無である。しかし、Twitterでフォローしているというだけで、相手が今日一日何を食べ、何を感じ、何を考え、どこに行って、誰と会って、何をして、何時に寝るのかが丸わかりなのだ。逆に言うと、私をフォローしてるスクシュは、私に起こったことや、私の機嫌、受験への不安、他の子への嫉妬、家庭の事情、根拠のないプライド、それと現実とのギャップへの苦悶など、些細なことからプライベートなことまで知っていた。あるものは休み時間に、あるものは授業中にも関わらず、またあるものは授業をさぼって保健室の真っ白な天井を見上げながらツイートをしていた。一切会話はしないけれど、ネット上ではお互いが話し上手聞き上手となって、くだらない雑談から、時には恋人にも話さないような話までした。そうして私はスクシュたちと、恋人「以上」友達「以下」という奇妙な関係を築いてきた。

つい先日、実家に帰省したついでにスクシュ仲間だった2人に会ってきた。会って話すのは初めてのことだったので、軽いオフ会である。緊張しつつ近況を聞くと、1人は現在2浪中で、もう1人は留年していた。2人とも友達といえる友達はいないらしかった。相も変わらずのスクシュっぷりである。私も人生うまくいってないほうだとは思ってたけど、こいつらほどじゃないなと思った。「予備校の自習室でいつ話しかけられてもいいように会話のシュミレーションをしてたらいつの間にか1日が終わってる。」と語った谷川くんは、2浪でありながら偏差値ではなくコミュ力を向上させようとしていた。明らかなミスだ。最近はポケモンにハマってるらしい。お前は何浪する気なんだ。でもそこがなんだか懐かしかった。

今でもTwitterは続けている。しかしスクシュの何人かは大学デビューを果たし、私も何回かアカウントを転生しているので、高校生の頃にあった最底辺に皆でいる感じ特有の居心地のいい一体感は薄れてしまった。それでも、教室のすみっこで視線を落として携帯を睨んでいる人を見かけるたびに、私は真っ白な保健室にただよっていた安っぽいアロマの香りを思い出すのである。

 

 

 

コンプレックスを舞台に上げればそれはロックになる

「あの、えっと、申し訳ございませんでした……」

何かをやらかしてしまったとき人は、まず話しかけてもいいものかと悩み、次に何と声をかけたらいいのか考え、そしてとにもかくにもこれを言わなきゃ始まらないと『申し訳ありません』の一言を添える。すると必然的に、上のような言い回しになるのだ。よく耳にするセリフで、何も変わったところはない。しかしこの言葉を施術中の美容師さんに言われたのは初めての事であった。

「え、どうかしたんですか?」と尋ねると、鏡から覗き見ている美容師さんが「僕の計算ではダメージなくパーマをあてられるはずだったのですが、お客様の髪が思いのほか傷んでいまして……」と、まるで親に叱られている子供のような顔ですまなそうに言うのである。

なるほど、パーマがうまくかからなかったらしい。
それもそのはずだ、私はもう1年も前から髪たちに残虐非道な扱いをしてきたので、彼らはそれはもう発泡スチロール並にパサパサのキシキシになっていたのだ。毛髪たちはみんなやっとの思いで毛根にしがみついてる状態で、ブラシでとくたびに毎回何本かの毛髪が脱落していった。髪たちがごっそりと抜けていく様を見るたびに友達は「なにアンタあんた福島にでも行ったの?」というとても反応しにくいいじりかたをしてきて困ったものだった。確かにブリーチを4度繰り返し髪の毛を緑や紫色に染めたのちの黒染めと同時に行うパーマは、毛髪が人間だったなら人権団体が黙っちゃいないレベルの残虐非道な行為であったのかもしれない。


別にそれぐらいどうってことないのだ。できなかったものは仕方がない。
ここは女子大生として大人の余裕を見せなければと思い、私は「いやぁ無理言ってすみませんね。パーマがかからなそうなら黒染めだけでも全然大丈夫ですよ」と言ってにっこり笑って見せた。
いつか辛酸なめ子さんが「私立大学に通う女子大生の自分の人生を全肯定してる感じなんなの?学歴や容姿に恵まれた私たちは神に祝福された人間なんだとでも思ってるの?」と言っていたが、私立の雄、慶應に通う女子大生なんてその権化のようなものだ。学歴と容姿に恵まれた華の慶應生である私が美容師さんのちょっとした失敗を許せないわけがない。

そんな私の脳内計算機がはじき出したあざとい笑顔に気づく余裕もない様子の美容師さんは「いえそうではなく……パーマあてすぎて、髪、千切れちゃいました……」と静かに告白したのであった。

 

ちょっと待って。ん?千切れた?


初対面の人との2人きりでの会話に弱いのが私の弱点の1つである。だから美容室なんかは人生でもなるべく行きたくない場所ランキングの上位にいつも君臨していた。
そんな私だから、毎回美容院には予めなりたいスタイルの参考資料を持って行くのだった。そうすることで極力美容師さんと話すことなくこちらの考えを100%伝えることができる。そのあとはずっと雑誌や持参した本に目を落としておけば、鏡越しに美容師さんと目があうこともないし話しかけられることもない。20年の間に心身を削りながら習得した知恵であった。しかしどうせ心身を削るならばこんな知恵よりも普通にトークスキルを身につければよかったと今気づいたけれどその話はとりあえずおいておく。

そして今回私が持って行っていたのは剛力彩芽ちゃんのとびきりかわいい笑顔の写真だった。

 

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そうそう、これだ。
私は以前からの憧れであったショートヘアーに挑戦しようとしていた。今までずっとセミロングで生きてきた私は、彩芽ちゃんに背中を押される形で美容室の扉を叩いたのであった。
これで私も星飛雄馬に求婚されるひまわりのような女の子になれるのだ。思わずンフゥと変な笑い声が漏れる。飛雄馬くん、アタシを甲子園に連れてって。きれいな顔してるだろ、アタシです、それ。そんな幸せな妄想に浸りながら持ってきた本を読みふけっていたので鏡など一切見ていなかったのだ。


しかしなんだ。
今現在、鏡の中にいるのは、剛力ちゃんなんかじゃない、完全に、こりゃもう完全に、まごうことなき、元気!やる気!いわき!のノブ子姉さんだった。

 

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思わず読んでいた本が手から滑り落ちた。衆院選も落ちた。あァあの頃はよかった。夜は短し歩けよ小泉チルドレン。違う。今はそんなこと言ってる場合ではないのである。
私は井脇ノブ子にそっくりの顔になっていた。毛先にあてようとしたパーマが私の髪をちぎりとっていったらしく、私の頭上では無残に残された髪たちがすまなそうにしおれていた。ヘアスタイルを変えたからといって顔までが剛力ちゃんみたいになるとは思っていなかったが、井脇ノブ子にはなれるのだ。どういうことだろう、不思議だ。不思議すぎて視界がぼやけてきた。


するとそのとき鏡には

 

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涙目のノブ子が映っているのである。

なんなんだこれは。なんの嫌がらせなんだ。
美容師さんにいくら「でもこっちのほうがボーイッシュでかわいいですよ!」と言われても、通常6000円のトリートメントを無料でつけてくれても、私の乙女心は傷を負ったままである。乙女心は6000円ぽっちでどうにかなるものではないのだ。しかももう私には6000円分もトリートメントできるだけの髪はない。助けてくれ。どうすればいい。どうすればノブ子に似なくなるのだ。髪をいじるか整形か。髪は伸びるのを待つべきか。整形にはいくらぐらいかかるのか。今度の衆院選はどこから出馬しようか。彼女は私服もピンク色なのか。と私の思考回路はあれよあれよという間にノブ子一色となり、目下の目標は脳内からノブ子を排除することとなった。そうして頭脳を支配する改革派ノブ子軍に対抗するべく私がやっとの思いで口にした言葉は、「バリカン持ってきてください」であった。

美容師さんは思っていたよりも素直で、咄嗟のお願いから5分後にはもう私の頭をバリカンがなぞっていた。
「剃るお客様も結構いるんですよねェ」という美容師さんの薄っぺらな慰めの言葉を右から左に受け流し、私はただただつるつるになっていく頭を祈る思いで見守っていた。このノブ子激似事件の原因は私の髪型にあったのか、顔にあったのか。髪か、顔か。一見何の変哲もない二択に見えるが、これはもうDead or Aliveと言い換えても過言ではないほどに重い二択である。髪か、顔か、生か死か。「髪型だ髪型が原因に違いない」と願う思考回路の中に、途中からなぜかB'zの『ウルトラソウル』が無意味に流れ始めても、私は祈ることを止めなかった。ほんと夢じゃないよあれもこれも。



そして今現在、鏡の中に見えるのは、完全に、こりゃもう完全に、まごうことなき、

 

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瀬戸内寂聴であった。


これをもって私ノブ子激似事件はあえなく解決した。原因は私の顔だった。ノブ子と瀬戸内寂聴を足して2で割ったような私の顔で間違いはなかった。「いえいえ、ちょうど夏ですし、すっきりしましたー」と今にも泣きそうな美容師さんに余裕の笑みを見せたあと、ほぼ無料となった美容室をあとにし、すぐさまカツラを買うためにウィッグ屋さんへと向かったのであった。

 

 

 

 

 

というわけで今はハゲ隠しのためのウィッグをつけて生活しています。

なんならちょっとかわいくなったって言われます。もうなんだっていいや。

 

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コンプレックスを舞台に上げればそれはロックになる

 

 

 

 

絶望した時に発狂から救ってくれるのは、友人でもカウンセラーでもなく、プライドである。

突然、教室内に携帯のバイブ音が鳴り響いた。

大教室での人の多い授業だったのでどこで誰が鳴らしているのかまではわからなかったが、静寂を切り裂いたその振動は檀上にいる先生の耳にも届いたようである。

「えー、授業中は電源を切っておくように。それでは次のプリントに移ります。」

大学教授としては日常茶飯事のことなのであろう、先生は軽く注意だけをすませ授業を続行した。
ちなみにここでいう次のプリントとは『中国王朝における宦官の重要性⑧』である。ちなみに私の理解は②で止まっていた。この授業において私は完全に詰んでいた。

しかしそろそろ順番的に当てられてしまうことを察知した私は慌ててWikipediaを起動し、既存の知識である「宦官とは男性器を切り取られた召使のことだ」に上乗せできるような情報を探した。その中で『去勢されても性欲は残る。宦官の性行為は多量の汗をかき、相手や物に噛み付くなどして性欲を発散させた。』という記述を見つけ、噛みつくだけで性欲が発散できるなんてマジ省エネじゃんウケるーと思ったのちコンマ2秒で授業では確実にやらないであろうことを悟って私の焦りがピークに達したときにもまだ、バイブは鳴り止む気配を見せてはいなかった。

ていうか長い。すげー長い。

一般的によく耳にするバイブは「ヴーッ ヴーッ」という息継ぎがどこかに挟まれるものだが、このバイブは「ヴーーーーーーーーー」と休むことなく震えつづけるタイプのものであった。これがまた非常に目立つしうるさいのだ。
さすがに皆も不安になってきたのであろう、先ほどは動じなかった人たちも鞄の中や机の上にある自身の携帯を確認し、私は違いますよという静かなアピールを始めた。かくいう私もその一人である。しかし私はこのような長ったらしいバイブに設定した覚えはないし、そもそも私には電話をかけてくるような友達などいない。この只今勃発している授業中バイブ戦争において、私は完全なる勝ち組に君臨していた。このように完全な無実が証明できるにも関わらず、周りがやっているから自分もと鞄をチェックせずにはいられない様はやはり日本人なのだなあ、と柳田國男も感動するであろう現状分析までやってのけた聡明な私は、「近隣の学生たちに我が無実を証明したあとで高みの見物といこうじゃあないか。」と周囲の人間が覗けるように鞄を机の上にドンと置き、優雅な手つきでチャックを開けた。


鞄の中では男性器を模した特大バイブが元気にうねうねしていた。



バイブの電源を落とすまでにはコンマ2秒もかからなかった。
私は即座にあたりを見回し、状況の把握に努めた。何だ。バイブが何だというのだ。一見したらちょっと震えてる長い棒にしか見えないではないか。気づかれてさえいなければ私の勝利に変わりはない。さあ皆の者!!声を高らかに叫ぶのだ!!今のはバイブではなかった!!!なあ、そうだろう!!?!

そう心で念じながら隣を見ると、見覚えのある男子学生が愕然とこちらを見ていたし、前を向くとだいぶはっきり先生と目があっていた。

私は完全に詰んでいた。





授業がまだ半分以上残っているにも関わらず恥ずかしさのあまり教室を飛び出してしまった私は行く宛もなく校舎内をふらふらとしていた。
ベンチに腰をかけ、ぐるりと周囲を見回す。これといって特筆するべきことのない平坦な正午の太陽と、光と影を織りなし歩き回る人人人の群れ。みんなデタラメにあちこちへ動き回っていた。私は大学生が嫌いであった。誰もが自分が一番変わった人生を歩み、日々高級な悩み事に苦悩しながらも、自分が一番楽しんで生きていると思っている。自意識をぱんぱんに膨らませ薄ら笑いを浮かべた「ありふれた」人たち。全てが嘘に思えた。何もかもが安っぽく見えた。

私は先ほどの出来事を思い出していた。
私の隣にいた見覚えのある彼。彼は間違いなく私が片思いしている人であった。半年間ずっと憧れを抱いてきた彼に間違いはなかった。
何かと用事を作ってはしたメール。なぜか年中マスクをしている彼。初めて交わした会話はテストのあとの「おつかれ」。彼と一緒に行った映画館。照れすぎてお互い無言で食べたカツ丼。そして先ほどの、驚きと困惑に満ちたまなざし。やばいこれは走馬灯ではないか。死ぬのかな。

しかしどれだけ美しい思い出を並べても、それらの出来事には、結局やっぱり何の意味もないようだった。信用も好意も、積み上げるのは難しいのに、壊れるときはいとも簡単に粉々になってしまう。どこにも神様はおらず、瞬きすれば消えてしまいそうなほど世界は危うく、無根拠で………私は目を両手で覆った。目をふさがないと、またくだらない勘違いをして、恋だの愛だのが自分にもできると思いこみ間違った道に進んでしまう。恋愛はリア充にのみ許された娯楽なのだ。容姿や性格に恵まれたものにのみする資格があるのだ。私にできることといえば、道歩くカップルの邪魔をしないようすみっこで控えめに呼吸をし地面の蟻を数えあげることだけだ。


おお神よイエスキリストよ!!愛とは一体何なのでしょう!!あなたは隣人愛を説かれましたがそれは可能なのですか!!蟻が23匹!!人間はみんな愛という最も代替のきくものを求めながら自分を特別扱いしてほしいと願います!!彼らが発する「愛して」は結局のところ「たすけて」と同義ではないのですか!!蟻が56匹!!!どうか神よアガペーを!!この愛のわからぬ哀れな人間達に救いの手を!!カップルに制裁を!!あたしより幸せな奴に不幸を!!そうだそこだっ!!いけっ!!アガペーチョップ!!アガペービーム!!進め一億火の玉だ!!!!

ハレルヤ!!!!






目を覆った両手はそのままに、私は人気の少ない校舎のトイレに入った。涙をぬぐって、私は先程のバイブを使ってオナニーをした。とても気持ちがよかった。性器ってすごい。宦官じゃなくてよかった。心からそう思った。

だから今、もし「死にたい」とか「消えたい」などと思っている人は、どうか私のことを思い出してほしい。そしてオナニーをしてみてほしい。大体の悩み事は消えてなくなると思う。それでもまだ死にたい人は、03-5286-9090に電話をしてくれ。自殺防止センターだよ。あたしもさっきお世話になった。おばちゃんっぽい人に「失敗は誰にでもあるわ!気にしないの!」って言われた。結構普通のこと言われる。

では今日はこのへんで。







私の持ち歩き用オナニーグッズ。
愛を込めて彼らのことをリトルボーイと呼んでいるが、たまに広島の人に怒られる。

 

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絶望した時に発狂から救ってくれるのは、友人でもカウンセラーでもなく、プライドである。