続!愛をください!

メンヘラのメンヘラによる大衆のためのメディアコンテンツ

コンプレックスを舞台に上げればそれはロックになる

「あの、えっと、申し訳ございませんでした……」

何かをやらかしてしまったとき人は、まず話しかけてもいいものかと悩み、次に何と声をかけたらいいのか考え、そしてとにもかくにもこれを言わなきゃ始まらないと『申し訳ありません』の一言を添える。すると必然的に、上のような言い回しになるのだ。よく耳にするセリフで、何も変わったところはない。しかしこの言葉を施術中の美容師さんに言われたのは初めての事であった。

「え、どうかしたんですか?」と尋ねると、鏡から覗き見ている美容師さんが「僕の計算ではダメージなくパーマをあてられるはずだったのですが、お客様の髪が思いのほか傷んでいまして……」と、まるで親に叱られている子供のような顔ですまなそうに言うのである。

なるほど、パーマがうまくかからなかったらしい。
それもそのはずだ、私はもう1年も前から髪たちに残虐非道な扱いをしてきたので、彼らはそれはもう発泡スチロール並にパサパサのキシキシになっていたのだ。毛髪たちはみんなやっとの思いで毛根にしがみついてる状態で、ブラシでとくたびに毎回何本かの毛髪が脱落していった。髪たちがごっそりと抜けていく様を見るたびに友達は「なにアンタあんた福島にでも行ったの?」というとても反応しにくいいじりかたをしてきて困ったものだった。確かにブリーチを4度繰り返し髪の毛を緑や紫色に染めたのちの黒染めと同時に行うパーマは、毛髪が人間だったなら人権団体が黙っちゃいないレベルの残虐非道な行為であったのかもしれない。


別にそれぐらいどうってことないのだ。できなかったものは仕方がない。
ここは女子大生として大人の余裕を見せなければと思い、私は「いやぁ無理言ってすみませんね。パーマがかからなそうなら黒染めだけでも全然大丈夫ですよ」と言ってにっこり笑って見せた。
いつか辛酸なめ子さんが「私立大学に通う女子大生の自分の人生を全肯定してる感じなんなの?学歴や容姿に恵まれた私たちは神に祝福された人間なんだとでも思ってるの?」と言っていたが、私立の雄、慶應に通う女子大生なんてその権化のようなものだ。学歴と容姿に恵まれた華の慶應生である私が美容師さんのちょっとした失敗を許せないわけがない。

そんな私の脳内計算機がはじき出したあざとい笑顔に気づく余裕もない様子の美容師さんは「いえそうではなく……パーマあてすぎて、髪、千切れちゃいました……」と静かに告白したのであった。

 

ちょっと待って。ん?千切れた?


初対面の人との2人きりでの会話に弱いのが私の弱点の1つである。だから美容室なんかは人生でもなるべく行きたくない場所ランキングの上位にいつも君臨していた。
そんな私だから、毎回美容院には予めなりたいスタイルの参考資料を持って行くのだった。そうすることで極力美容師さんと話すことなくこちらの考えを100%伝えることができる。そのあとはずっと雑誌や持参した本に目を落としておけば、鏡越しに美容師さんと目があうこともないし話しかけられることもない。20年の間に心身を削りながら習得した知恵であった。しかしどうせ心身を削るならばこんな知恵よりも普通にトークスキルを身につければよかったと今気づいたけれどその話はとりあえずおいておく。

そして今回私が持って行っていたのは剛力彩芽ちゃんのとびきりかわいい笑顔の写真だった。

 

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そうそう、これだ。
私は以前からの憧れであったショートヘアーに挑戦しようとしていた。今までずっとセミロングで生きてきた私は、彩芽ちゃんに背中を押される形で美容室の扉を叩いたのであった。
これで私も星飛雄馬に求婚されるひまわりのような女の子になれるのだ。思わずンフゥと変な笑い声が漏れる。飛雄馬くん、アタシを甲子園に連れてって。きれいな顔してるだろ、アタシです、それ。そんな幸せな妄想に浸りながら持ってきた本を読みふけっていたので鏡など一切見ていなかったのだ。


しかしなんだ。
今現在、鏡の中にいるのは、剛力ちゃんなんかじゃない、完全に、こりゃもう完全に、まごうことなき、元気!やる気!いわき!のノブ子姉さんだった。

 

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思わず読んでいた本が手から滑り落ちた。衆院選も落ちた。あァあの頃はよかった。夜は短し歩けよ小泉チルドレン。違う。今はそんなこと言ってる場合ではないのである。
私は井脇ノブ子にそっくりの顔になっていた。毛先にあてようとしたパーマが私の髪をちぎりとっていったらしく、私の頭上では無残に残された髪たちがすまなそうにしおれていた。ヘアスタイルを変えたからといって顔までが剛力ちゃんみたいになるとは思っていなかったが、井脇ノブ子にはなれるのだ。どういうことだろう、不思議だ。不思議すぎて視界がぼやけてきた。


するとそのとき鏡には

 

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涙目のノブ子が映っているのである。

なんなんだこれは。なんの嫌がらせなんだ。
美容師さんにいくら「でもこっちのほうがボーイッシュでかわいいですよ!」と言われても、通常6000円のトリートメントを無料でつけてくれても、私の乙女心は傷を負ったままである。乙女心は6000円ぽっちでどうにかなるものではないのだ。しかももう私には6000円分もトリートメントできるだけの髪はない。助けてくれ。どうすればいい。どうすればノブ子に似なくなるのだ。髪をいじるか整形か。髪は伸びるのを待つべきか。整形にはいくらぐらいかかるのか。今度の衆院選はどこから出馬しようか。彼女は私服もピンク色なのか。と私の思考回路はあれよあれよという間にノブ子一色となり、目下の目標は脳内からノブ子を排除することとなった。そうして頭脳を支配する改革派ノブ子軍に対抗するべく私がやっとの思いで口にした言葉は、「バリカン持ってきてください」であった。

美容師さんは思っていたよりも素直で、咄嗟のお願いから5分後にはもう私の頭をバリカンがなぞっていた。
「剃るお客様も結構いるんですよねェ」という美容師さんの薄っぺらな慰めの言葉を右から左に受け流し、私はただただつるつるになっていく頭を祈る思いで見守っていた。このノブ子激似事件の原因は私の髪型にあったのか、顔にあったのか。髪か、顔か。一見何の変哲もない二択に見えるが、これはもうDead or Aliveと言い換えても過言ではないほどに重い二択である。髪か、顔か、生か死か。「髪型だ髪型が原因に違いない」と願う思考回路の中に、途中からなぜかB'zの『ウルトラソウル』が無意味に流れ始めても、私は祈ることを止めなかった。ほんと夢じゃないよあれもこれも。



そして今現在、鏡の中に見えるのは、完全に、こりゃもう完全に、まごうことなき、

 

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瀬戸内寂聴であった。


これをもって私ノブ子激似事件はあえなく解決した。原因は私の顔だった。ノブ子と瀬戸内寂聴を足して2で割ったような私の顔で間違いはなかった。「いえいえ、ちょうど夏ですし、すっきりしましたー」と今にも泣きそうな美容師さんに余裕の笑みを見せたあと、ほぼ無料となった美容室をあとにし、すぐさまカツラを買うためにウィッグ屋さんへと向かったのであった。

 

 

 

 

 

というわけで今はハゲ隠しのためのウィッグをつけて生活しています。

なんならちょっとかわいくなったって言われます。もうなんだっていいや。

 

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コンプレックスを舞台に上げればそれはロックになる