続!愛をください!

メンヘラのメンヘラによる大衆のためのメディアコンテンツ

絶望した時に発狂から救ってくれるのは、友人でもカウンセラーでもなく、プライドである。

突然、教室内に携帯のバイブ音が鳴り響いた。

大教室での人の多い授業だったのでどこで誰が鳴らしているのかまではわからなかったが、静寂を切り裂いたその振動は檀上にいる先生の耳にも届いたようである。

「えー、授業中は電源を切っておくように。それでは次のプリントに移ります。」

大学教授としては日常茶飯事のことなのであろう、先生は軽く注意だけをすませ授業を続行した。
ちなみにここでいう次のプリントとは『中国王朝における宦官の重要性⑧』である。ちなみに私の理解は②で止まっていた。この授業において私は完全に詰んでいた。

しかしそろそろ順番的に当てられてしまうことを察知した私は慌ててWikipediaを起動し、既存の知識である「宦官とは男性器を切り取られた召使のことだ」に上乗せできるような情報を探した。その中で『去勢されても性欲は残る。宦官の性行為は多量の汗をかき、相手や物に噛み付くなどして性欲を発散させた。』という記述を見つけ、噛みつくだけで性欲が発散できるなんてマジ省エネじゃんウケるーと思ったのちコンマ2秒で授業では確実にやらないであろうことを悟って私の焦りがピークに達したときにもまだ、バイブは鳴り止む気配を見せてはいなかった。

ていうか長い。すげー長い。

一般的によく耳にするバイブは「ヴーッ ヴーッ」という息継ぎがどこかに挟まれるものだが、このバイブは「ヴーーーーーーーーー」と休むことなく震えつづけるタイプのものであった。これがまた非常に目立つしうるさいのだ。
さすがに皆も不安になってきたのであろう、先ほどは動じなかった人たちも鞄の中や机の上にある自身の携帯を確認し、私は違いますよという静かなアピールを始めた。かくいう私もその一人である。しかし私はこのような長ったらしいバイブに設定した覚えはないし、そもそも私には電話をかけてくるような友達などいない。この只今勃発している授業中バイブ戦争において、私は完全なる勝ち組に君臨していた。このように完全な無実が証明できるにも関わらず、周りがやっているから自分もと鞄をチェックせずにはいられない様はやはり日本人なのだなあ、と柳田國男も感動するであろう現状分析までやってのけた聡明な私は、「近隣の学生たちに我が無実を証明したあとで高みの見物といこうじゃあないか。」と周囲の人間が覗けるように鞄を机の上にドンと置き、優雅な手つきでチャックを開けた。


鞄の中では男性器を模した特大バイブが元気にうねうねしていた。



バイブの電源を落とすまでにはコンマ2秒もかからなかった。
私は即座にあたりを見回し、状況の把握に努めた。何だ。バイブが何だというのだ。一見したらちょっと震えてる長い棒にしか見えないではないか。気づかれてさえいなければ私の勝利に変わりはない。さあ皆の者!!声を高らかに叫ぶのだ!!今のはバイブではなかった!!!なあ、そうだろう!!?!

そう心で念じながら隣を見ると、見覚えのある男子学生が愕然とこちらを見ていたし、前を向くとだいぶはっきり先生と目があっていた。

私は完全に詰んでいた。





授業がまだ半分以上残っているにも関わらず恥ずかしさのあまり教室を飛び出してしまった私は行く宛もなく校舎内をふらふらとしていた。
ベンチに腰をかけ、ぐるりと周囲を見回す。これといって特筆するべきことのない平坦な正午の太陽と、光と影を織りなし歩き回る人人人の群れ。みんなデタラメにあちこちへ動き回っていた。私は大学生が嫌いであった。誰もが自分が一番変わった人生を歩み、日々高級な悩み事に苦悩しながらも、自分が一番楽しんで生きていると思っている。自意識をぱんぱんに膨らませ薄ら笑いを浮かべた「ありふれた」人たち。全てが嘘に思えた。何もかもが安っぽく見えた。

私は先ほどの出来事を思い出していた。
私の隣にいた見覚えのある彼。彼は間違いなく私が片思いしている人であった。半年間ずっと憧れを抱いてきた彼に間違いはなかった。
何かと用事を作ってはしたメール。なぜか年中マスクをしている彼。初めて交わした会話はテストのあとの「おつかれ」。彼と一緒に行った映画館。照れすぎてお互い無言で食べたカツ丼。そして先ほどの、驚きと困惑に満ちたまなざし。やばいこれは走馬灯ではないか。死ぬのかな。

しかしどれだけ美しい思い出を並べても、それらの出来事には、結局やっぱり何の意味もないようだった。信用も好意も、積み上げるのは難しいのに、壊れるときはいとも簡単に粉々になってしまう。どこにも神様はおらず、瞬きすれば消えてしまいそうなほど世界は危うく、無根拠で………私は目を両手で覆った。目をふさがないと、またくだらない勘違いをして、恋だの愛だのが自分にもできると思いこみ間違った道に進んでしまう。恋愛はリア充にのみ許された娯楽なのだ。容姿や性格に恵まれたものにのみする資格があるのだ。私にできることといえば、道歩くカップルの邪魔をしないようすみっこで控えめに呼吸をし地面の蟻を数えあげることだけだ。


おお神よイエスキリストよ!!愛とは一体何なのでしょう!!あなたは隣人愛を説かれましたがそれは可能なのですか!!蟻が23匹!!人間はみんな愛という最も代替のきくものを求めながら自分を特別扱いしてほしいと願います!!彼らが発する「愛して」は結局のところ「たすけて」と同義ではないのですか!!蟻が56匹!!!どうか神よアガペーを!!この愛のわからぬ哀れな人間達に救いの手を!!カップルに制裁を!!あたしより幸せな奴に不幸を!!そうだそこだっ!!いけっ!!アガペーチョップ!!アガペービーム!!進め一億火の玉だ!!!!

ハレルヤ!!!!






目を覆った両手はそのままに、私は人気の少ない校舎のトイレに入った。涙をぬぐって、私は先程のバイブを使ってオナニーをした。とても気持ちがよかった。性器ってすごい。宦官じゃなくてよかった。心からそう思った。

だから今、もし「死にたい」とか「消えたい」などと思っている人は、どうか私のことを思い出してほしい。そしてオナニーをしてみてほしい。大体の悩み事は消えてなくなると思う。それでもまだ死にたい人は、03-5286-9090に電話をしてくれ。自殺防止センターだよ。あたしもさっきお世話になった。おばちゃんっぽい人に「失敗は誰にでもあるわ!気にしないの!」って言われた。結構普通のこと言われる。

では今日はこのへんで。







私の持ち歩き用オナニーグッズ。
愛を込めて彼らのことをリトルボーイと呼んでいるが、たまに広島の人に怒られる。

 

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絶望した時に発狂から救ってくれるのは、友人でもカウンセラーでもなく、プライドである。